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馬の体
【ポリトラックコースと競走馬の健康について】
2007年11月。美浦トレーニングセンターに開設されたニューポリトラックコース。
当初はゴスホークケン、マツリダゴッホと、同コースで調教された馬がGⅠを制して一躍話題となり、2009年には栗東トレセンにも導入されるなど、すっかりお馴染みとなった。しかし、その調教効果などについての情報はなかなか伝わってこない。今回は、ポリトラックコースと競走馬の健康の関わりについて、関係者にうかがってみた。
ポリトラックコースは天候によって左右されないのが大きなメリット
美浦トレーニングセンターの調教コースにポリトラックコースが導入されて4年が過ぎた。
開場当初ほどではないにせよ、現在でも多くの在厩馬たちが、ポリトラックコースを使用して調教されている。
ポリトラックコースは人工物で構成されていて、天候の影響によるコンディションの変化が生まれにくいという特徴があることは、以前にもお伝えした通りだ。では、同コースでの調教が馬たちにどのような効果をもたらすのか。競走馬を所有されている会員の方々にとっては、それも気になるところだろう。
実際にポリトラックコースを調教で使用している調教師の1人、勢司和浩調教師に聞いた。
「あくまで馬の特徴や状態に合わせてコースを選ぶのですが、ポリトラックコースは天候によってコンディションが左右されないというメリットがあります。我々がお預かりしている馬たちについて、調教で一番警戒することとして、ミスステップというものがあります。特にコーナー付近で多かったりするのですが、凹凸ができた状態では、しっかりと着地することができず、脚を捻ってしまう、あるいはバランスを崩してしまい、大きなケガに発展してしまうケースが少なくないのです。しかし、ポリトラックコースは天候に左右されず、しかもグリップ力が強いという特徴がありますので、ミスステップの確率が低くなっているのを感じます」
また同師は、馬を調教していくなかで、肉体面での効果も感じていると言う。
「グリップ力が強いということは、馬たちにとって走りやすいということです。なぜなら、芝と似て、パワーを必要としなくても推進力が出るからです。他のコースでは、スピードと負荷は比例するため、速いスピードを求めれば、肉体にもそれだけの負荷が掛かります。しかし、ポリトラックコースでは、より軽い力で速いスピードが出るので、筋肉や腱などに対して、より軽い負荷でスピードを出す調教ができます。さらに、スピードが出ているということは、心肺機能はより実戦に近い状態になっていると考えられます。軽い負荷で、心肺機能もより鍛えられるということなのです」
一般的に坂路は、スピードが出ていない状況でも、心肺機能の鍛錬をすることができるとされているのだが、ポリトラックも同様に、より軽い負荷で、心肺機能を鍛錬するためのスピードを得られるということなのだ。
実際、新聞等に掲載されている追い切りタイムは、他のコースに比べると速いことが多いのだが、コースで乗っている騎手や調教助手たちも、「それほど意識しなくてもスピードが出る」と口を揃える。なかには「感覚的には15ー15なのに、実際には13ー13くらいだった」という声もある。では、スピードが出やすいことによる弊害は出ていないのだろうか。
過剰なスピードは、屈腱へのダメージを連想してしまうのだが、これについては、「ウチの厩舎では、屈腱炎をはじめ腱に対する疾病が特に増えたということはありません」という勢司師の言葉に同意する声が多い。
美浦トレセンで診療所を開業し、毎日最前線で競走馬の肉体を診察している松永和則獣医師に尋ねても、「個人的な意見としては、腱や筋の疾病が増えているとは思いません。それよりは、骨折、と言っても数ではなく、その症状の度合いが大きくなっていると感じます」という答えが返ってきた。
「他のコースよりグリップ力が強いため遊びがなくなってしまい、症状の度合いが大きくなってしまうのでしょう。骨折したときに、能力喪失、あるいは予後不良になってしまうケースが多くなっている印象です」
ダートなどではグリップ力が小さいため、例え捻ったとしも、捻挫、あるいは骨折したとしてもそこまでの症状にはならない場合が多い。しかし、ポリトラックコースではグリップが効いているため、一気に力が加わり、同じ骨折でも度合いが大きくなってしまうということなのだ。
勢司師も、そのような状況については「確かに、ケガを発症したときのダメージは他のコースよりも大きいという面はあります」と認識している。
「そういう現状があることは理解しています。ただ、どのコースも完璧ということはありません。それぞれに良い面と注意しなければならない面があるのです。ですから、我々としては、それぞれのコースの特徴をよく理解した上で、各馬の特徴や状況に合わせながら、使い分けていくべきだと考えています」
現在、ポリトラックコースで多くの馬たちが調教されているということは、より少ない負担で、よりスピードを得られるポリトラックコースの特徴を活かし、心肺機能を鍛えたいと考える調教師が多いということだろう。その効果も大きいが、その特徴をよく理解した上で、利用することが現場では求められているのである。
ポリトラックコースと蹄の関係
ポリトラックコースで調教されている馬は、蹄に問題を抱えている馬が多いという噂を耳にする。今回は美浦で装蹄師として活躍する鵜木忠さんに、ポリトラックコースと蹄の関係について尋ねてみた。
これまでにも何度か、蹄についてのレポートを掲載してきたが、ポリトラックコースができたことで、競走馬の蹄にはどのような変化が起こっているのだろうか。
鵜木忠装蹄師は言う。「柔らかくなり過ぎてしまっていますし、伸びが悪いです。また、蹄壁が柔らかくなってしまっていて、馬によっては釘が効かないほどです」
同師は蟻洞などの疾病の要因と同じように、「やはり刺激が少ないためでしょう」と、その要因を分析する。
「以前にもお話しした通り、蹄には刺激が必要なのです。なかでもダートコースでの調教は、蹄底への刺激が大きく、蹄に関してはとても効果があります。それに対して、ウッドチップコースやポリトラックコースのようにクッション性に優れたコースでは、蹄底の部分への刺激が少ないのです。刺激が少ないと、蹄底が白線という部分よりも低くなってしまう可能性があります。そうなると、慢性的に挫石をした状態になってしまいます。人間でイメージするならば、土ふまずの部分が低くなってしまう感じです」
その土ふまずのような部分が低くなると、蹄底部分に圧力がかかるダートコースで乗られた場合に馬が痛みを感じてしまう。
「蹄底が健全ならば、砂が入ってきても、蹄の後ろの空間が開いている部分から砂が飛び出すため、刺激はあっても痛みは伴いません。しかし、柔らかくなってしまい、沈下したような形になってしまうと、その砂の出口部分が狭く、あるいはなくなってしまうため、砂の圧力をそのまま受けてしまい、石を踏んだ状態、つまり、挫石になってしまうのです」
そういう馬たちに対しては、鉄橋と呼ばれるブリッジの掛かった蹄鉄を履かせるなどの工夫を施すことで対応しているということだが、競走能力に影響を及ぼすこともあり得るので、当然ながら、できる限り健全な状態であった方が良いはずだ。
さらに、ポリトラックコースの素材はオイルを含んでいるため、蹄そのものが油成分過多状態になってしまうという。
「蹄を切っただけで、ポリトラックコースで乗っている馬だということが分かるくらい油を含んでいて、柔らかいんです。私はなるべく蹄が発汗するように、蹄油は塗らないように勧めています。ベビーオイルなどを使用して、油を落としている厩舎も少なくありません」
また、グリップ力が強いポリトラックだが、そのグリップ力が、蹄に影響を及ぼしている面があるともいう。
「馬には着地する瞬間に地面を掴もうとする蹄器作用という大切な習性があるのですが、グリップ力が強いために、それをしなくて済んでしまうのです。そのため、脚部の上部で走るような感じになります。これは、蹄には決してプラスとはいえませんし、弊害は出てきてしまいます」
昔から『蹄なくして馬なし』という格言が伝えられているが、アスリートである愛馬たちの能力を最大限に発揮させるためにも、健全な蹄は必要不可欠だ。健全な蹄を求めるためにも、ポリトラックにない刺激をダートコースなど他のコースで得るようにしながら、使い分けていくことが大切なのだろう。