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馬の体
鼻出血
症状が発覚すると一ヵ月の出走停止という処分が下されてしまうのがこの鼻出血。
その発症理由と対処法は?
絶対的治療法はまだない競走馬の三大疾病のひとつ
今回取り上げる鼻出血については、あの名馬ウオッカの引退理由として記憶されている方もいるのではないでしょうか。この『馬の体~その最先端~』におきましても、2009年に1度取り上げています。それから4年が過ぎましたが、現場からは鼻出血を患う馬たちが増加傾向にあるという話を聞きます。
前回、鼻出血には、「外傷性」、「カビによる真菌性」、「肺出血」と、大きくわけて3つの要因があるとお話ししました。この中で競走馬にとって一種の職業病のようなものとされるのが運動中に引き起こす肺出血で、特に近年では、 運動誘発肺出血(EIPH)が増加していると聞きます。美浦トレセンで日々、競走馬たちを診察し続けている松永和則獣医師も「増えていると感じております」と口にします。
「あくまで個人的な感覚ですが、前回お話をさせていただいた4年前と比べると、1割程度増えているように思います。運動誘発肺出血は、発症した馬すべてが鼻出血を伴うわけではありません。鼻からの出血が確認されない馬もいます。このケースは、鼻出血ということではないので、JRAが定める鼻出血を発症した馬に対しての1ヵ月の出走停止処分は適用されません。ただ、肺で出血している馬は現役競走馬の8割を超えるといわれており、能力発揮に影響を及ぼしている可能性があります」
また、鼻出血としての症状が出ないと、日本では運動誘発肺出血は発見されにくいという事情もあります。それに対して海外では、凡走するとレース直後に内視鏡で肺出血を確認することが当然とされている国もあります。
では、運動誘発肺出血が要因と思われる鼻出血が、ここへ来て増加している理由はどこにあるのだろうか?
松永氏は、 競馬のレベルアップ による影響が少なくないと考えているようだ。
「肺出血を起こす原因については、前回お話させていただいたように、栄養価が高い飼料の摂取による血圧の変動。さらに、細気管支炎のため細気管支血管が増幅、そこに運動によって心臓からの血液量が急増することで、毛細血管が破綻するため。あるいは横隔膜が激しく動くことによって、胸腔内の陰圧が変化するためなど、いつくか言われておりますが、特定はされておりません。現在の競馬で勝つためには、より速く走ることが求められていることは、診察しているサラブレッドたちの体からもハッキリと伝わってきます。より速く走るためには、様々な面において求められることが増え、さらにレベルが高くなっています。馬の体を触っていれば、調教もよりハードになってきていることは明確ですし、カイ葉もより高いタンパク質、より高いカロリーを摂取するようなものになっています。それらのどれか、あるいはすべてかもしれませんが、このような競走馬を取り巻く環境が、運動誘発肺出血、ひいては鼻出血を発症する馬の増加と関わりがあると考えることができます」
競馬がレベルアップしたことによって求められることが多岐に渡り、また高度になっているために、馬の肉体が悲鳴を挙げているというのだ。その結果として運動誘発肺出血が増えているのではないかという。
さらに、現在の競走馬を取り巻く環境が、治癒を難しくさせているともいう。
「最近の現場では、運動誘発肺出血に対しては止血剤を始めとした効果があるとされる治療薬、あるいは飼料やサプリメントなどを摂取させることで対応している場合がほとんどです。ところが、本来は2ヵ月程度、完全なる放牧をすることで治癒を目指すべきだというのが適切な処置です。ただ、近年のサラブレッドは競走間隔も短くなっており、常に走れる状態におかれている馬たちが多い。そういう馬たちを休養に出すことで治癒するのは難しいというのが現状です」
松永氏自身も効果を感じるサプリメントも出てきているが、「それでもある程度の期間、軽度の運動のみで、ハードな調教は控えることが求められます」と言う。
『1ヵ月間の出走停止』という重い処分が適用される鼻出血だが、肺出血だけで鼻からの出血が確認されなければ競馬には出走できる。ただし、肺で出血しているという疾病を抱えているケースは非常に多く、そういった愛馬たちが持つ能力のすべてが発揮されないのであったならば、嘆かわしいことでしょう。
「心房細動、骨折、そして運動誘発肺出血による鼻出血というのは、3大疾病と言えるかもしれません。それぞれ能力発揮に大きく影響します。特に、骨折と鼻出血は近年増加しているように感じます。それぞれ治癒に向けては、本来時間をかける必要があることを、馬主の方々にはぜひご理解いただければと思います」
現在も、「絶対的な治療方法は存在していない」という。また、競走馬の健康管理などが格段にレベルアップしている一方で、馬の能力発揮を妨げる可能性がある運動誘発肺出血による鼻出血が増えていることは事実のようです。ただ、最近は、運動誘発肺出血やそれが原因の鼻出血を防ぐためだけではなく、予防という観点からも内視鏡による診察、飼料やサプリメントの投与など、様々な取り組みを行っている厩舎も増えてきています。馬主の皆様にもご協力、ご理解をいただきたいと思います。