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馬の体
【去勢】
気性難の馬に対して施される去勢
セン馬となることにはマイナスイメージを持つ会員様も多いと思いますが、その実情はどうなのでしょうか
気性面だけでなく身体的問題の解消の意味も
過去には、日本でもジャパンCを制したレガシーワールドやマーベラスクラウンといった活躍馬の名前が挙がるセン馬。
会員様たちのなかにも、愛馬がセン馬となった経験をお持ちの方々もいらっしゃるはず。
去勢をされてしまった牡馬たちを指す『セン馬』だが、以前は3歳クラシックをはじめ、天皇賞など、〝種牡馬としての価値を選定する〟という意味合いを持つとされる五大競走への出走が制限されていた。しかし、近年では参戦が認められるようになっている。
今回はそのセン馬について、その目的、効果あるいは弊害などを、実際現場で馬を管理している立場として、美浦トレーニングセンターで開業する勢司和浩調教師に話をお聞きした。
一般的に気性面に問題を抱える馬に対して、去勢をするということが手段のひとつと言われている。
「大きな括りとして気性面での問題という言われ方をしていますが、調教師をはじめとするほとんどの管理者たちも、何らかの原因があるから去勢するのでしょう。つまりは、対処法のひとつということです。エネルギーが有り余ってしまっていて、人間がコントロールできる範囲を超えてしまっている場合ですとか、あるいはそのエネルギーが走ることに対して向かず、集中できていないというケースなどでは、去勢という手段は効果が見込めるとされています」
去勢をすることで男性ホルモンが減少するため、溢れるエネルギーを抑え込むことでよりコントロールがしやすくなる、あるいは走ることに集中できるようになることが期待できるということだ。
さらに勢司調教師は、男性ホルモンが減少することによる効果として、身体への変化を期待するケースもあると説明する。
「人間でも、女性よりも男性の方がより筋肉質であるように、サラブレッドも同じなのです。そして、人間も同じメニューで鍛えたとしても、付く筋肉の量に個人差が出るように、馬も筋肉が付き過ぎてしまうタイプがいます。筋肉質で逞しくなり過ぎる傾向が強い馬ですと、脚元への不安という側面も出てきますので、あまり筋肉質にならないように、去勢をするケースがあります。すると、男性ホルモンが減少することによって、筋肉が付き難くなったり、筋肉量が減少して、体重が軽くなることを期待するケースもあります」
ある説として、古代中国では去勢した人間(宦官)がいて、その骨を調べると、そうでない人間よりも長生きをしていたとも言われる。
競走馬の場合、〝走るため〟の肉体を求める対応策のひとつとして去勢することがあるということなのだが、「それでも多くは精神面での対応策になるでしょうね」と話す。
「実際、私自身もお預かりしている馬たちのなかにセン馬がいますが、エネルギーが有り余るくらいにあることで、扱う側の人間にとって許容範囲を超えてしまっているためということがほとんどです」
また、去勢をする場合、以前は全身麻酔をして寝かせて手術が行われていて、またホルモンバランスが崩れるために細化するなどの要因から、復帰まで時間を要するとされてきたが、最近は決してそうではないようだ。
「以前は男性ホルモンを投与することで徐々に身体を回復させる方法が取られていましたが、いまは使えなくなりましたので、自然に回復させることになっています。ただ、手術そのものが、いまは起立したまま、局部麻酔を投与して行なわれることが主流となっていて、そこまでコンディションを崩すことなく復帰できるケースが多いですね。ただ、ホルモンバランスが変わっていますので、手術後すぐに復帰ということにはなりません。それでも以前と比べたら復帰までの時間は短くなっています」
確かに、競走馬として、エネルギーが有り余ってしまうことで、能力を発揮できないということは、決してプラスではない。その不安を取り除くということなのだが、勢司調教師は「リスクもあります」と言う。
「僕自身としては、あまり積極的に施したいとは思っていません。強いエネルギーがあるからこそ、競馬で頑張ることができるのですから、いかにそのエネルギーを〝走る〟ことに向かわせるか。エネルギーのない馬にエネルギーを持たせることは本当に難しいことです。もちろん、エネルギーを抑えることで、より能力を発揮することができる馬もいますが、エネルギーを削がれることで走らなくなってしまう可能性もあるということです。往々にして、走る馬というのは強いエネルギーを持っています。そのエネルギーを削がれてしまったために、闘争心を失ってしまった馬もいます。気持ちが強く、そのまま活躍する馬もいますが、競走馬も人間と同じで強いエネルギーがあるからこそ頑張れるんだというところもあると思うのです。なので、できる限り〝走る〟方向に向かわせられるようにしたいと思っています」
高い能力を持ちながら、エネルギーが強過ぎるあまりに、発揮することができない馬に対しての対応策のひとつとして有効な手段が去勢なのである。
セン馬にされることで、走ることに向くこともあるが、闘争心など競馬で求められる必要なエネルギーが奪われることで、逆に能力が発揮できなくなるリスクがあるということも会員の皆様には理解していただいておいた方が良いということなのだ。