特集
~馬名申請の現在~
競走馬を所有するということの醍醐味の一つでもある「馬名申請」について、様々な実情、最新事情などを「ジャパン・スタッドブック・インターナショナル(JAIRS)」登録部の須崎伸介さんと谷川遼さんにお伺いしました。
まずは馬名申請の方法についてお伝えしていこう。
申請が可能なのは、所有者または委任を受けた代理人のみとなる。代理人は調教師などの場合が多いが、いずれにしてもまずは馬名登録用の「ID」(登録番号)の取得が必要。こちらは押印が必要な書式で、郵送またはFAXでの登録となる。
以前は代理人の申請が多かったが、近年は所有者の申請が増えており、2021年は7割ほどに達したという。
ちなみに地方競馬の金沢競馬では、石川県馬主協会が代理人となって馬名申請を行っている。もちろん馬主自身でも、調教師など別の代理人でも可能だ。中央競馬の馬主協会でこうしたサービスを行っているところはなく、珍しいケースだ。
申請用紙には血統登録番号、父と母の名前、希望馬名を第3希望まで記す。それぞれの馬名には9文字までのカナ、対応する欧字(空白を含めて18文字まで)、意味・由来を記入する。
申請方法は、以前はFAXが中心だったが、8年ほど前にインターネット申請を開始。割合は徐々に増え、現在は3割ほどがインターネットだという。
馬名登録に携わるスタッフは現在
4名いて、申請があると、原則的にはその日に機械に入力。必ず他のスタッフと読み合わせながら行っている。
この時点で、現役馬や抹消から5年以内など、保護期間中の馬名かどうかが判明する。また早ければ翌日には、実況や成績表に混乱を生じる可能性のある紛らわしい名前かどうかを職員による手動検索にて洗い出す作業が行われる。欧字や意味・由来もチェックされ、その翌日には審査会にかけられることとなる。
審査会は申請があれば都度、行われるため、実際には毎日開かれる。そこで公序良俗に反するかなどの最終的なチェックが行われ、第三希望まですべてが否決された場合は再提出となる。
須崎氏によると、昔と比べて否決の割合は減っている感覚があるという。
「命名は馬主さんの権利で、醍醐味ですから、よっぽどでなければすべて通したい方針ではあります。それでも、全馬が第一希望で通るということはありません。一度に多くの申請をされるクラブ法人などの場合には、4回か5回出していただいたこともあります」
否決、再提出の際は、本当に申し訳ない気持ちになると須崎氏は言う。
「メールでご連絡することが多いのですが、こちらとしても非常に残念で申し訳ないと思っています。
そうした気持ちを共有しながら仕事をさせていただいているということを、この機会にお伝えできればありがたいです」
多くの申請が重なると、入力も審査も当然、時間がかかる。長いと申請から2週間ほど要することもあるという。
じつは問い合わせの電話は、馬名についてよりも、いつ審査の結果が出るのかというものが圧倒的に多い。競走馬登録や、入厩検疫の予約にも関わってくるためだ。
審査を通った馬名を、やっぱり変えたいという問い合わせも少なくないという。馬名登録通知書が発行された後でも、競走馬登録の前ならば何回でも変えることはできる。
競走馬登録後も、未出走馬に限り1度だけ変更が可能。さすがに出走後は、いかなる場合も変えることはできない。
こうした申請後の変更は、2021年で130件以上あった。「ブ」と「ヴ」の表記の違いや音引きの有無など細かい部分の変更から、代理人による申請で所有者の意図がうまく反映されていなかった場合や、馬名申請後に馬が譲渡されたケース、傍からは理由がまったく推測できない突然の変更まで、さまざまだという。
「馬主さん個々の事情が絡んで、いろんなことが起こります。馬名を通じて、そういうドラマや思いに触れているような感覚がありますね」(須崎氏)
馬名申請で実際にあったケースは
ここからは、馬名そのものにフォーカスを当ててみたい。
問い合わせでよくあるのは、馬名の保護期間に関するものだという。
過去に使用された馬名でも、保護馬名でなければ再び使用できるケースがある。一般の競走馬、重賞勝馬、種牡馬、繁殖牝馬などそれぞれ保護期間や規定が細かく定められており、例えば一般の競走馬ならば、抹消から5年が経過した馬名については再使用が可能となる。
そしてその「解禁日」は、期間が経過して最初にやって来る年頭の1月1日となっているため、例年12月になると、希望する馬名が年明けに解禁になるのかどうかを確認する問い合わせが増える。所有者自身が過去に使用した馬名をもう一度使いたいケースも多いという。
また、馬名申請の際、万一、同名の申請が被った場合には「早い者順」になる。須崎氏によると、1日違いで同じ名前が被った、という例が実際にあるのだという。
「新元号が令和になったときは凄かったです。発表の直後に『レイワ〇〇』や『〇〇レイワ』という名前の申請が一気に来ましたから」
近年のトレンドといえば、やはり『鬼滅の刃』の登場人物や、野球の大谷翔平選手関連の「ショータイム」や「ビッグフライ」といった言葉を使った名前の申請が目立つという。
ただし、版権が厳格に管理されているキャラクターの名前は通せないことも多い。過去には、世界的にも有名な日本の特定キャラクター名をそのまま使用した馬名も存在するが、現在は申請してもまず通らない。訴訟になる可能性と、その場合のリスクが時代とともに明らかに増大しているのが実情だ。
ワインやウイスキーなどの銘柄の名前が入った馬名の申請も多い。もちろん商品名はNGだが、その商品名の元になった地名などはOK。ただし、それが商品名として広く浸透している場合はやはりNGになる。判断は本当に、ケースバイケースだという。
困ってしまうのは、意味・由来が空欄のまま申請されるケースだ。父名や母名からの連想などすぐ判断して埋められるものならばいいが、どうしてもわからない場合は登録部から問い合わせ、口頭で確認することになる。
同じように欧字も空欄のことがあって、これも困ってしまうという。カナ名が違っていても、欧字の綴りが同じ馬名が他にあれば、登録はできない。
谷川氏によると、あくまで肌感覚ではあるが、これまで多かった英語やイタリア語、フランス語に加え、ギリシャ語やラテン語の命名が増えている印象があるという。
「アフリカの言葉やアラビア語になると、やはり意味・由来や欧字の確認に時間がかかることは多いです。どうしても確認が取れず、申請者の方に根拠の資料をお願いすることもあります」
地味で光の当たりにくい作業だが、しかしそんな苦労の甲斐があったと感じる瞬間もある。
馬名を通じ命名者の想いをファンに届けたい
「レース実況で、単語の区切りやイントネーションの難しい馬名が正しく発音されているのを聞くと、
欧字や意味・由来を見ていただいたんだとわかって、苦労してやってよかったなと思います。業務で接するのは馬主さんや調教師さんですが、そこから馬名が競馬ファンに正しく伝わるための仕事をしていることを実感できます」
いわゆる「珍名馬」は、もちろん審査の記憶も残りやすい。レースで見かけると、あのときの馬だ、とわかる。しかし変わった名前でなくとも、まだ世に出ていない馬名を最初に目にする楽しさは同じだと谷川氏は話す。
「仕事ですが、楽しませていただいています。競馬ファンの一人として、いい名前だといいなぁ、と思いますし、面白い名前だと面白いな、と思います。意味・由来を通じていろいろなことを教えていただいている感覚
主さんの深い思いや愛情に触れていることを実感できます」
そうした馬主の皆様の思いは、馬名を通じ、必ずファンにも届いているはずだ。